【物語の捉え方】主人公が何を感じ、どう動くのか、それが物語ってやつだ。(タ)
人間生きてれば色んなことがある。
出会いがあれば別れがあり、行く場所があれば帰る場所がある。
好きな人がいれば嫌いな人もいて、楽しいことがあれば辛いこともある。
大人しい人、騒がしい人、ポジティブな人もいればネガティブな人もいる。
男と女でこんなに考えが違うのかと思う時もあれば、若者も年寄りもあんまりかわんないなぁと思う時もあって、似た感情を抱いた者が全く違う行動に出たりもする。
暑い国や寒い国ではそれぞれ違った青春時代を過ごし、地味な生活を過ごす人が派手な生活を過ごす人よりも人生を楽しむこともある。
そして同じ人間でも、思い出一つ一つに感じる時間の短長が違う。
長い期間過ごしたことでも数秒ほどしか思い出せないこともあり、一瞬の出来事でも悠久に感じることもある。
好きな人と過ごすことよりも、苦手な人と過ごしたことの方が鮮明に覚えていたり、なんでもないことに感動したり、人によって思い出の尺度や色合いが全然違う。
そもそも一人一人が全く違う人間で、その人間の中でさえ大きな相違があるのだから、人と人がつむぐ物語というのは無限に広がりがあって、その物語をどう表現するのかもその作者次第で大きく違う。
物語は生まれた瞬間、唯一無二であり、どんな存在であれ尊い。
僕が物語に触れる際、登場人物を一番注視している。
名作といわれる作品も、その作品の登場人物に魅力がなければ、あまり面白いと思わない。
その登場人物が立派な人物でなくても、見上げた思想の持ち主じゃなくてもいいのだが、その人物の思想や行動に興味を持たないと物語の行く末に途端に興味が失せる。
逆にいえば物語が壮大でなくても、奇抜でなくても、登場人物にさえ興味が持てれば物語の行く末を見届けたいと思う。
ありきたりなストーリーをみて辟易とするというより、ありきたりな登場人物に辟易とすることが多いし、興味の持てる登場人物ならありきたりなストーリーにそもそもならないのではないかとも思う。
近頃の物語では暗い主人公が多い。
ひとりぼっちだが、それを是とし、集団を嫌い馬鹿にする。
ストーリーとしては、ひとりでいることにより集団で過ごす人々と違った感性を持った主人公が、同じように集団を嫌う他の登場人物に受け入れられ、関わり合うことで仲間となっていく、そんな話が多い。
こういう話は嫌いではない。
ひとりぼっちになることや、集団の脱個性化される自己を嫌厭する人には共感することも多々ある。
ただそれだけのことでは登場人物に興味は持てない。
そういう話がまだ流行っていない時ならともかく、そんな話が蔓延している世の中ではそんな登場人物は吐いて捨てるほどいて、ただ集団を嫌うだけのキャラクターに興味を持とうとは思えない。
集団を嫌う理由や集団を嫌った際の行動に面白みがあって初めて、その登場人物に興味を持ち、物語を読み進めることができる。
個性を出す必要はない。
面白いと思うかどうかの基準は必ずしも個性的なことだとは思わない。
けれど面白いと思うのには多分何かしらの理由がある。
面白い物語は必ず登場人物に興味が持てる。
その登場人物をどう描くのか、物語の肝となるとは思う。
売れている漫画や映画はその登場人物のどこかに読者や視聴者が魅力を感じている。
作家を曲がりなりにも目指す僕にとってこの登場人物を魅力を出すことが何よりも頭を悩ます課題だと思っている。
魅力のあるキャラを生み出すには魅力のある人にならなければならない。
色んなことをして色んな経験をして色んな思いをして魅力的な人間になり、魅力的なキャラを生み出そう。
主人公が何を感じ、どう動くのか、それが物語ってやつだ。
(タク)