ハッピーアイスクリーム~自由を望む2人の民~

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【小説】ペン回し(タ)

ペンを回す。

ペンを回す。

ペンを回す。

授業中ちょっとしたことに夢中になる、そんな時期が学生でいる間は誰にでもあると思う。
なぜかっていうと授業中は結構暇だからだ。暇な授業を集中してきける人なんてごく一部で、そのごく一部を除いた生徒はそれぞれのやり方で暇を潰す。
寝る人もいれば、考え事をする人もいるし、ノートに落書きをする人もいる。
その中にはペンを回す人も結構いて、今の僕がまさにそうだった。
暇すぎて、一時期は落書きに没頭していたんだけど、流石に飽きてペンを回し始めた。
ソニック、ノーマル、リバース、ガンマー、インフィニティ……
ネットで調べると色んな技がある。
でも僕は大した技が出来ない。
そして僕の周りやつらも大した技は出来ない。
だけど、僕の教室に1人、すごいペン回しが、うまい人がいた。
僕の席の二つ前で一つ左の席の斎藤さんだ。
彼女の親指の上をペンが回る。
僕や周りのやつらがペンを回しても、一回転、もしくは一回転半で回り終えてしまうのに、斎藤さんの親指にのったペンは生き物のようにぐるぐると勢いよく回る。6.7.8...意志を持って回っているように見えるペンは10回転し、まるで眠ったかのように斎藤さんの人差し指と親指の間に収まる。
ただペンが回ってるだけなのに、その美しさに僕は毎回魅了される。
斎藤さんはペンを10回転回すだけでなく、僕の知らない様々な技のペン回しを簡単にこなす。
授業中様々な色のチョークで日本の歴史が綴られた黒板よりも、びっしりとよく分からない公式が書かれた数学の教科書よりも、僕は魔法使いのような彼女の手とその魔法によって命が吹き込まれているようなペンを見続けた。

斎藤さんはクラスでは目立たない女子である。地味なメガネに結んだ髪、少し背は高いものの、すらっとしているわけでもなく、口数も多くない。あまり可愛いわけでもなく、いつも少人数グループで静かに話している。
クラスで1番人気の女子である内藤さんと比べるとその差はかなり大きい。
それでも僕は彼女が好きだ。
話したことはない。
彼女は多分僕のことをただのクラスメイトにしか思ってないだろう。
僕だって彼女があんな上手に、綺麗にペンを回さなければ、ただのクラスメイトにしか思わない。
でも僕は紛れもなく彼女が好きで、たとえクラスで1番可愛い小林さんや、クラスで1番人気のある内藤さんに告白されても、多分断ってしまうだろう。
ペンを回す、それだけで人を好きになってしまうのは間違っているのかな?
そうかもしれない。安易な考えだと少し思う。
でも、その魔法使いのような不思議な手をもつ斎藤さんを僕は好きになってしまった。
誰がなんと言おうと僕は斉藤さんのことが好きなのだ。

どうにかして僕は彼女と話したい。でも、好きになればなるほど、彼女と話すのを僕はためらった。
僕もあれくらいペン回しがうまければ話せるのかな…。


彼女に近づくために僕はペンを回し続けた。
彼女にとってペンを回すことはただの何気ない動作なだけなのかもしれない。
それでも僕はペンを回し続けた。
ペンを回しすぎて変なところにマメができた。
それでも、僕は回し続けた。



ある日の放課後、僕は友達と帰っていたが、宿題用のノートを忘れて教室に戻った。 冬に近づいていたのでもう日が随分落ちている。あんまり遅くならないように、僕は廊下を走って教室に戻り、教室のドアを勢いよく開ける。ドアを開けると薄暗い教室の中で、斎藤さんが机に突っ伏して眠っていた。
僕はすごく驚いた。
彼女と僕、教室にはこの2人だけしかいない。先ほど走ってきて息遣いが荒い僕は、呼吸を整えるためしばらくドアの前に立っていた。あんなに勢いよくドアを開けたというのに斎藤さんはすやすやと眠っている。
「斎藤さん…」僕はすごい小さな声で呟いた。
起こしては悪いかなと思ったけど、それと同じくらい気づいて欲しいなと思った。
でも斎藤さんは起きない。
半分ほっとして、半分残念な気がした。
こんなにも近くにいるのに僕は緊張して何も出来ない。
家で斎藤さんが教室でやっていた技を練習しながら、宿題をしていた時の方が今よりもずっと彼女と距離が近かったように感じた。
僕は自分のことを残念だなと思いながらも、帰るのがあまり遅くなってしまわないように、机の中から宿題用のノートを取り出しカバンにしまった。斎藤さんを起こしてしまわないように、なるべく音を立てずそして教室をでようと出口のドアに向かう。
「大橋君?」
僕がドアの前に着くよりも先に少し高めのかすれた声が聞こえた。その声のする方へ振り向く。
「斎藤さん…。」
僕はずっと斎藤さんと会話をしたいと思っていたのにいざ、その場になると、緊張して何を話せばいいのか分からない。頭の中は真っ白だった。少しの間沈黙が続く。教室はさっきよりも少し暗くなっていた。
「大橋君さ、いつもペン回ししてるよね。」
「えっ……うん。回してる。……斎藤さんも…」
斎藤さんが頷く。
「僕なんかより、ずっと…その、斎藤さんは……えっと……その…ペン回し上手だよね…あのっ…僕、斎藤さんのペン回し…うまいなぁっていつも…いやっ…あの……」
言葉がうまくまとまらない。言いたいことを言うのに口が動かない。心臓の鼓動がいつもより大きい。
「うん」
斎藤さんが頷く。僕の話をちゃんと聞いてるよってそんな感じが伝わってくる。
「だから…その…僕…斎藤さんと…斎藤さんに…あの…話がしたくて…」
「うん」
「……えっーと…その…斎藤さんと話したいいんだけど…えっと…僕…こんな時……何話せばいいのか分からなくて………ごめん…」
体中の汗が吹き出す。好きな人の前で話す時どうすればいいのか本当に分からない。 斎藤さんに、呆れられてしまったかもしれない。
「私は、大橋君と話せて嬉しい。私も大橋君と話したかった。」
斎藤さんが微笑む。日が落ちかけているのではっきりとは見えないけど、僕はその微笑みを見てすごい嬉しい気持ちになった。なんだか、顔が熱い。
「私ね、こう、地味じゃない?だからキラキラしてる女の子がうらやましかったんだ。」
「うん。」
「運動も出来るわけじゃないし、勉強はまぁまぁだけど、勉強なんてできてもって思ってたの。」
「うん。」
「その時ね、大橋君がペンを回してるのをみたんだ。」
「えっ?」
僕より前の席の斎藤さんが僕がペンを回しているところをみてたことがびっくりした。
「本当偶然本屋の試し書きコーナーで回してるのをみたの。」
「あぁ、なるほど。」
「私ね、これだ!って思ってすごい練習したんだ。練習して練習して変なところにたこが出来ちゃったもん。」
斎藤さんが笑う。僕も笑う。
斎藤さんも変なところにたこが出来たんだ。それがなんだか、とても嬉しかった。
「すごく上手だもんね。僕本当に斎藤さんがペン回ししてるのをみてすごいなって思った。」
斎藤さんの顔が赤くなる。「ありがとう。私、結局キラキラすることは出来なかったけど。でもペンを上手く回せるようになって、初めて自分が一番だって、私よりも上手く回せるすごい人はたくさんいるんだろうけど、でも、私もこんな上手に出来るんだぞって、そう思ったの。」
「うん。」
「だからさ、ありがとね。大橋君。ありがとう。」斎藤さんが笑った。リンゴのような赤いほっぺたでにこにこ笑う斎藤さんはとても綺麗だった。
「うん!!こちらこそありがとう!!」
僕らはしばらく笑いあった。何かおかしくて、でも何がおかしいのか分からなくて。でもそれが楽しいような、居心地がいいような、上手く言葉に出来ないけど、とても幸せな気分だった。
「今日、話せてよかった!!また話そうね!!」
僕はそういって教室のドアに手をかけた。
「うん。また明日!!」
「また明日!!」
教室のドアから廊下にでて、僕はゆっくりと歩く。
他の人には大したことじゃないかもしれない。
でも、僕は斉藤さんと話せて、斎藤さんの笑顔がみれて、斎藤さんにまた明日と言われて、とても嬉しかった。とてもとても嬉しかったんだ。
また明日、斎藤さんの笑顔がみれたらな、そう思って僕は星空の下家に帰った。

 

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